レポート

講座シリーズ#4「篠笛を知る〜祭が育む日本の音〜」レポート

日程:2018年11月18日(日)
 第一部 お話 13:00〜14:30
 第二部 篠笛体験 14:30〜16:00
会場:京都芸術センター 大広間
講師:森田玲(篠笛奏者)、森田香織(笛師)

 TAROは、専門家や活動団体、研究機関とのネットワークから毎回異なる講師をお招きし、独自の切り口で伝統芸能文化を紹介する講座を開催しています。
 今回は、講師に森田玲氏(篠笛奏者)と森田香織氏(笛師)をお招きし、第一部では篠笛の歴史や文化についてお話しいただき、第二部で篠笛ワークショップを開催しました。以下では、森田玲氏の第一部の講演の内容を報告します。

森田玲:篠笛の演奏の機会は多いのですが、今回のように腰を据えてじっくりと篠笛の歴史文化についてお話する機会は滅多にございません。最近では、地域のお祭や舞台だけではなく、テレビやインターネットなど、色んなところで篠笛の音を聴く機会がございます。しかしながら、その歴史や、実際どんな笛が存在するのかといったことは、あまり知られていません。

「笛と言えば何を思い浮かべますか?」という質問をすると、だいたいリコーダーと返ってきます。年配の方も僕ら世代も学校でリコーダーを吹きました。どうして日本人の我々が外国の楽器をやっているのでしょう?今日は、篠笛の講座なので笛と言えば、篠笛。これでいきましょう。

それでは、本日の講座の目標を確認したいと思います。篠笛は我々日本人にとって最も身近で歴史のある楽器の一つですが、その定義が曖昧なんです。日本の伝統芸能や日本音楽を紹介する書籍が多く出版されていますが、大概、篠笛の項目がありません。お箏とか三味線とか尺八とかはあるのですが、篠笛の独立項目はまずないのです。あったとしても二、三行で、民俗芸能で吹かれている笛、歌舞伎でも使われている云々くらいの記述です。これをなんとかしなければならない。今日は、そのための第一歩として、何となしにでも良いので「このグループに含まれる横笛が篠笛である」「これは篠笛ではない」というようなことを、皆さんと共有できればと思っています。

そして、篠笛に関する情報は少ないだけではなく、篠笛の名称や歴史に関して間違った情報が広まってしまっています。正しい情報を皆さんと共有して、その上で、篠笛の未来はどうあるべきか、ということを考えていきたいと思います。

1.篠笛の発鳴原理と特徴

まず、篠笛の発鳴の原理について。なぜ鳴るのか、ということです。ここにあるペットボトルの口を吹くと音が鳴るのと同じような原理です。要は、笛の孔に息を当てると空気の振動が生まれます。その振動が一定であれば、ひとつの音として聴こえる、ということになります。
歌口の空気振動と空気柱の振動
息遣いを変化させると同じ運指で1オクターブ高い音が出る(「七」→「7」)。

歌口という孔に息を当てて笛を吹くわけですが、孔の角ばった際(きわ)に息が当たると、その息の流れが、笛の内側と外側に、高速で交互に振動します。その振動をきっかけに、歌口から指孔までの空気が振動するわけです。ですから、笛の音は、口元、歌口から鳴っているのではなくて、笛の筒とその中の空気柱が全体として鳴っているということになります。笛は「吹く」のではなく「響かせる」ことが大切です。実際に笛を吹く時に、その感覚をイメージするだけで全然響き方が違ってきます。

指孔を全て開放している時は、歌口から歌口に一番近い指孔までの空気柱が振動します。指孔を一つ押さえると、振動する空気柱の長さが少し長くなります。もう一つ押さえると、さらに空気柱が長くなります。このように、歌口側から順番に指を押さえていきますと、どんどん空気の柱の長さが長くなります。絃楽器の場合、絃が短いと高い音が出て、長いと音が下がります。それと同じで、空気柱も長ければ長いほど低い音が出ます。このように空気柱の長さによって音が変化するので、笛を作る時に指孔をあける位置を変えると、色んな調律ができます。ですから、まったく本来的ではないのですが、ドレミの笛、西洋12平均律の笛も存在します。

リコーダーの場合は、吹き口の下に切れ込み(エッジ)があります。ここが篠笛で言うところの歌口の際(きわ)になります。篠笛の場合は、自分の唇の形を工夫して息を当てなければならないのですが、リコーダーの場合は、息を入れると自動的に空気の流れが誘導されて、この切れ込みに上手いこと当たるようになっています。だから小学生でも簡単に音を出すことができるのです。
リコーダー形式の横笛

これは、とある神楽の横笛で、篠笛を吹くのが苦手な子供のために作られた笛です。一瞬、篠笛に見えるのですが、歌口がなく、その代わりに側面に息を入れる小さな孔があります。そして、リコーダーと同じような切れ込みがあります。孔から息を入れると、先ほどのリコーダーと一緒で自動的に切れ込みに息が当たって音が出ます。ただ、これも良し悪しで、これに慣れてしまうと本物の篠笛が吹けなくなってしまいます。このような笛が生まれる背景には、やはりリコーダーの存在があるんですね。リコーダーがなければ、この笛は出てきません。リコーダーが音楽教育に導入されたのは昭和30年ごろですが、明治以来の日本の音楽教育の方針に問題があるように感じます。

各地に色んな笛がございます。地域によって時代によって、長さや指孔の数は様々で、これが篠笛である、となかなか定義しづらいのですが、共通する特徴はございます。

まず基本の基本ですが、篠笛は竹から出来ています。女竹という細長い竹です。そして、節と節の間の部分を使いますが、節間が40㎝以上あるような細長い竹はなかなかありません。真竹とか孟宗竹などはもっと太くなります。尺八は、真竹を使って内部の節をくり抜いて通しています。ちなみに、篠竹というのは細い竹という意味で、女竹以外の竹を指すこともあります。

そして、比較的高くて透明な音も特徴です。もちろん低音も出ますが、お祭の中で育まれてきたので、野外で遠くからでもピーヒャラ聞こえてくる高音が好まれます。尺八のように息の音を強調したり、音を揺らしたりして、かすれた音、噪音(そうおん)を出すことはあまりしません。同じ横笛でも雅楽の龍笛や、お能の能管などでは、音の鳴り始め、吹き込みの時にあえて噪音を入れます。このような音は雑音、ノイズではなく、積極的な表現方法ですが、篠笛の場合は、この噪音は嫌われる場合が多く、求められるのは透明な音色です。

次に、持続音を出すことができること、そして、指を変えていくことで旋律を奏でることができるのも篠笛の特徴です。このように歌のように奏でることができる楽器は、ありそうで実はあまりございません。日本では、一般の人たちが持ち得た楽器の中で、持続音で旋律を奏でられる楽器は篠笛だけです。尺八は普化宗の法器でしたので、虚無僧がお経の代わりに尺八を吹いて各戸を訪ねて托鉢したりしました。江戸時代の中頃には、お箏や三味線との合奏も広まったようですが、公式には明治初年に普化宗が廃止されるまでは、尺八は一般の人にはあまり普及していませんでした。それ以前に、一節切(ひとよぎり)という小型の尺八のような楽器もありましたが、それも全国各地で吹かれたというわけではありません。もちろん雅楽の横笛も存在していましたが、その吹き手は専門の楽人や貴族など一部の階級に限られます。

ピロピロと鼓膜に響く指打ち音も、篠笛に特徴的な表現です。例えばある音を「ト----」と伸ばしてみます。そして、この音を「ト-ト-ト-」と区切りたい時はどうしますか?リコーダーでは、舌のタンギングで「トゥッ・トゥッ・トゥッ」と音を切りますが、日本にはこのようなタンギングの文化はございません。


それではどうするかというと、このように指を打ちます。これは「六」という音です。指で孔を打つことによって音を切る。左手の中指で打っていますが、これを人差指で打つと、より華やかな表現となります。このように、同じ音でも、どの孔を指で打つかによって音の響き方が違ってきます。人差指で打った方が鼓膜に響きますし、中指で打つと落ち着いた雰囲気になります。このピロピロと鼓膜に響く指打ち音、これをどれだけ華やかに表現するか、それが祭で篠笛をやっている人たちの醍醐味というか主張するところです。

参考音源1(古典曲)奏楽:森田玲
馬鹿囃子(伊勢大神楽)
岸和田祭 地車(だんじり)囃子
桜(箏曲・日本古歌)

 

参考音源2(森田玲作曲音曲)奏楽:森田玲

カミあそび
秋の音(第二管・森田香織)

 

2.和楽器の分類

日本の楽器には様々な種類がございます。例えば、篠笛と同属の雅楽の横笛、お能の能管、それから、篳篥、尺八、太鼓の類、箏や琵琶や三味線、チャカチャカ鳴らす金属のチャッパ(銅拍子)とか、色々あってややこしいのですが、ここで和楽器を覚えるコツというか、わかりやすい分類法をお伝えしたいと思います。

日本の楽器は、フエ、ツヅミ、コト、カネの四つに分けると便利です。カネはちょっとわかりませんが、フエ、ツヅミ、コトは漢字伝来以前からある大和言葉です。

フエというのは吹きもの。息を込めて音が出る全ての楽器を指します。ですから横笛だけでなく尺八だとか、発音の原理の異なる縦笛の篳篥、あるいは笙もフエに分類されます。そして、もちろん篠笛はフエの仲間に含まれます。

それから、ツヅミは太鼓の類の全て。撥(ばち)で打つような太鼓もありますし、お能や歌舞伎で使われる小鼓や大鼓など、直接、手で打つものもあります。

コトはいわゆるお箏だけでなく、琵琶や三味線といった絃楽器全てをコトといいます。

そしてカネは、金属製の打楽器の総称です。例えば、古くは銅鐸も楽器だったという説もございます。

『源氏物語』や『枕草子』には「尺八の笛」「笙の笛」、「琴のこと」「箏のこと」など、わかりやすい例が出ています。

3.日本の横笛

ここまで、和楽器全般の話をいたしましたが、次は横笛に絞って話を進めて参ります。日本の横笛は、雅楽の笛、お能の笛、篠笛の3つに大別できます。

雅楽の中で吹かれる横笛が、神楽笛、龍笛、高麗笛(こまぶえ)です。三者の指孔の並び、相対的な音階は同じなのですが、太さと長さが異なるので全体的な音高が違ってきます。見た目が龍笛と同じような横笛に、お能で使われる能管があります。見た目はとても似ていますが、能管には、歌口と指孔の間に喉(のど)と呼ばれる細い管が入っていて、それによって独特の鋭い音色や音の表現が生まれます。構造は龍笛とは根本的に異なります。

こちらの笛は正倉院に所蔵されている横笛です。正倉院には、奈良時代、天平勝宝四年(752)の東大寺の大仏の開眼会で披露された国内外の様々な芸能、その時に使われたと思われる楽器、伎楽面、衣装などが保存されていて、その中に横笛もございます。歌口の裏側に竹の葉柄(小枝)をそのまま残しています(現在の龍笛や能管にもセミと呼ばれる名残がある)。この笛を見ると、現行の雅楽の笛というよりも篠笛に見えます。指孔も現在の龍笛よりも小さく篠笛に近いです。ここから装飾性が出てきて、今のような豪華な雅楽の笛の形態になったのでしょう。指孔の間隔は、管尻に近づくほどちょっとずつ詰まっています。これは、なんらかの調律がなされていた証だと思います。後で詳しく述べますが、古典調の篠笛、お囃子で使われている篠笛の中には、雅楽の横笛と同じ概念で指孔をあけたものがありそうなのです。竹の笛は二管、そして、象牙の笛が一管、石の笛が一管、計四管が正倉院に収められています。象牙の笛と石の笛は実際に吹かれたかどうかわかりません。よく見ると竹の節と葉柄の装飾があるので、竹の笛が元にあって、それを模して作られたことがわかります。

次に、篠笛が一体いつから使われていたのかという話に移りたいと思います。篠笛を吹いている立場から申し上げると、大昔から日本にあって欲しいのです。ところが、埴輪で横笛を吹いている人はいません。琴(こと)を弾いている埴輪はあるんですよ。鼓を打っている埴輪も。ところが横笛は出てこない。それが出てきたら一発で古墳時代、あるいは、その前から日本に横笛があると言えるのですが、残念ながら出てきておりません。もちろん、竹はすぐに土に返ってしまいますし、たまたま発見されていないということもございますので、可能性はないことはありません。横笛の出土品となると、東北の方(福島県の江平遺跡や、宮城県の清水遺跡)で見つかっていますが、両方とも平安時代のもののようです。

平安時代に横笛があるのは当然で、物語の中にもよく出てきます。出てきて欲しいのは、奈良以前に遡れる横笛なのです。それがないので、今のところ、日本で一番古い横笛は正倉院のものということになります。もちろん、それ以前にも竹の横笛はあったと思うのですが、その証拠というものが出てこないというのが現状です。

はっきりしたことはわからないのですが、篠笛の源流は(1)地域土着の横笛、(2)現行の雅楽の横笛、あるいは、その祖型、の二系統が考えられます。

次に、それぞれの笛が実際に吹かれた場面を見ていきたいと思います。

先ほどの雅楽の笛の中から、神楽笛が演奏されていた特徴的な場面をご説明します。

二月初卯石清水八幡宮神楽の図『諸国図会年中行事大成』

この図は石清水八幡宮の御神楽(みかぐら)です。旧暦二月初卯の日に行なわれたもので、右上がカミさまのいらっしゃる本殿です。本殿の前に庭燎(にわび)という火が焚かれています。これはカミさまを迎える灯で、ここが祭の場であることを示しています。そして、神子(みこ)だとか人長(にんじょう)と呼ばれる舞人が、鈴や榊といった採物を持って神楽を舞います。このような場面で神楽歌が歌われます。日本は言霊の国ですので、口に出して祈願なり感謝なりをカミさまに申し上げます。神楽歌に添えて笛を吹いたり琴を弾いたりいたしますが、この御神楽で使われている笛が、大陸音楽の伝来以前からある日本古来の横笛の系譜に連なると言われる神楽笛です。

式三番翁『能楽百番』(篠笛文化研究社蔵)

次は能管です。これは『能楽百番』の中の錦絵の一つです。「翁」の演目で笛が吹かれています。この能管は普通の歌の旋律を吹くというよりも、抽象的な心理描写や効果音などを得意としています。先ほど少しお話しましたように、その特殊な雰囲気を出すために歌口と指孔の間に「喉」という細い管が入っています。これによって独特の鋭い音色が発せられます。ヒシギと呼ばれる耳をつんざくような最高音も特徴的ですね。

4.祭の中の篠笛

いよいよ篠笛の話に入りたいと思いますが、ここからが難しい。例えば、先ほどの雅楽の笛の場合は、その規格が決まっています。楽器屋さんで「龍笛ありますか」と言ったら龍笛を出してくれます。ところが「篠笛ちょうだい」って言ったら、「んー…すんません、どんな長さの篠笛ですか?」とか「指孔幾つですか?」という話になります。


右写真:朗童(先代・久保井朗童)/丸山(俣野眞龍)/獅子田-ししだ-(大塚竹管楽器)/京師-みやこ-(森田香織)/蜻蛉-あきつ-(山田藍山)

これは適当にうちにある笛を並べたものですが、長さであったり指の孔の数であったり、見た目であったり、もう色々違うわけですね。これだけ多様だと、見た目からは篠笛を規定できないということになります。

篠笛がどのような場面でどういう人によって吹かれていたのかというと、まずは、一般の庶民です。日頃は農業とか漁業とか、商売をしている人など、要は芸能を専門としない人たちが、年に一度の祭で吹きます。それから、芸能の専門家や、自分たちの祭以外でも「呼ばれたら行くで~」というような半プロみたいな人もいます。

祇園御霊会『年中行事絵巻』(京都大学文学研究科蔵)

この絵は、平安時代末期の『年中行事絵巻』の一部で、祇園御霊会(ごりょうえ)の場面です。田楽法師が描かれています。笛と太鼓がございますが、拍板(びんざさら)を鳴らしています。拍板は田楽法師の特徴です。鼓を放り投げています。これは放下(ほうか)などと呼ばれる曲芸です。近年、「田楽笛」と称する横笛が作られていますが、これはドレミの調律なので注意が必要です。

伊勢神宮の神札を配って回った伊勢大神楽で吹かれる横笛も篠笛です。彼らは訪れた村や道中に生えている女竹を切って自分たちで笛を作ります。

獅子髪洗ひ乃図(篠笛文化研究社蔵)

一般の祭の担い手が庶民であるのに対して、田楽法師や伊勢大神楽の担い手は芸能を専門とする人たちですが、雅楽のように何か硬い縛りがあるというよりも、その時の流行を芸に採り入れて、自由な曲作り、演目作りを行なっていたと思われます。



笛売『江戸職人歌合』

最後に、江戸の縁日の笛売りです。鳥笛のような擬音笛が見えます。何本か篠笛も掛けられています。子供たちが買っていくこともあったでしょう。一般の人とか子供でもすぐ手に取ることができる横笛。篠笛はそういった楽器です。

ここで、篠笛の定義というものを考えてみたいのですが、今、色々と見てもらってわかるように、篠笛というものは、日本の横笛の中で雅楽の笛とお能の笛を除いたもの、としか言えないというのが現状です。とは言え、多様な篠笛の中にも、やはり共通した特徴というものはありまして、先ほど申し上げたように、比較的高い音、透明な音が好まれて、華やかな指打ち音、そして様々な旋律を奏でることができる、このような特徴を持つ竹の横笛は、おおよそ篠笛と言えるのではないでしょうか。

このように、何ともつかみ所のない篠笛ですが、そのイメージをより鮮明にするために、幾つかの写真をご覧いただきたいと思います。

左:祇園祭の綾傘鉾〔京都市〕、右:時代祭の維新勤皇隊〔京都市〕※ルーツは山国隊(京北)による西洋式の軍楽

左:岸和田祭の地車(だんじり)〔岸城神社・大阪府岸和田市〕、右:壬生の花田植 〔広島県北広島町〕

左:秩父夜祭の屋台 〔秩父神社・埼玉県秩父市〕、中:四日市祭の南濱田の獅子舞〔諏訪神社・三重県四日市市〕、右:淡輪の盆踊〔大阪府岬町〕

5.三味線と篠笛との出会い

『歌舞伎事始』(国立国会図書館蔵)

続きまして、篠笛が三味線と一緒に演奏されるようになった歴史についてお話します。これは、歌舞伎の中に笛が採り入れられた様子が描かれている『歌舞妓事始(かぶきじし)』(宝暦十二年(1762))という古い史料です。三味線と笛を同時に演奏しています。三味線は日本を代表する楽器ですが、日本に来たのは意外に遅くて、江戸時代のちょっと前になります。中国の三弦(サンシェン)が琉球へ、琉球の三線(さんしん)が16世紀中葉に堺へと伝わり、そこで、琵琶法師、琵琶を弾いていた人たちが、三線を上手に日本風に改変して三味線(三絃・三弦)となったと言われています。そして、歌や語りに合わせて三味線を弾くという形式が大流行したのです。そこに篠笛も加わっていくことになります。この絵の中の笛は、篠笛なのか能管なのかはわかりませんが、もしかしたら篠笛なんじゃないかなということです。いずれにしましても、三味線と横笛の合奏の初期段階の貴重な描写です。

歌舞伎の囃子では、当初はお能の楽器を基本として使いました。つまり、能管と小鼓、大鼓、それから太鼓の四拍子(しびょうし)。お能は割合、抽象的な表現を特色とするので、楽器四つと謡という限られた音で十分でした。それが良かったとも言えるのですが、歌舞伎という大衆芸能は、どんどんと新しいものを採り入れていきます。一般庶民が登場する世話物なんかは、お能の四拍子だと幽玄の世界に誘われてしまってイメージが合わない。これには違う音の世界が必要だというところに、タイミング良く三味線が登場します。ここで、自由に旋律を奏でることができる篠笛にも白羽の矢が立ったのです。篠笛は、歌と歌の間、あるいは歌に添えて、良い感じに音が入ってくるということで、歌舞伎にも篠笛が導入されました。

それでは、三味線音楽の篠笛について見ていきます。

東京の福原流の、三味線音楽の笛方、福原寛さんに見せていただいた笛です。太いのが能管。篠笛が幾つもございます。番号が付いていますが、数字が小さくなるほど笛が太く長くなって音が低くなります。逆に、数字が大きくなるほど笛が細く短くなって音が高くなります。祭の笛というのは、基本的には一つの祭で一種類の笛しか使いません。ところが三味線音楽では、三味線は歌に合わせます。唄方さんにもよりますし、性別にもよりますが、声の高さが異なります。三味線は唄方の音域に合わせて調絃が可能ですが、笛は長さを変えることができません。笛を持ち替えることによって、運指、指運びを変えずに音域の異なる同じ旋律を奏でることができるのです。三本調子から九本調子がよく使われるとお聞きしました。

三味線音楽の笛と祭の笛がどう違うのかということを端的に述べますと、祭囃子の笛というのは、篠笛がいかに目立つかということが大切、というかそれ命でやっています。祭囃子の場合は、笛だけでなく太鼓も鉦も、それぞれが自分を主張し合います。もちろん細かいところでは阿吽の呼吸というものはありますが、遠慮することはまずありません。聴かしてなんぼ、楽しんでなんぼ。その一方で、三味線音楽の笛は、歌や三味線と調和を図りながら演奏されます。さらに、歌舞伎音楽というものは、役者さんの台詞、踊りや動作とも密接に関係しているので、音楽だけの調和では不十分です。いずれにしましても、篠笛だけが主張すれば良いというものではありません。

大枠としてはこのような違いがあると言えるでしょう。どちらにもそれぞれの良さがありますが、歌舞伎の篠笛は、元々お祭で使われていた篠笛を採り入れたものだということは押さえておきたいと思います。

その他、歌口と指孔との間にある響孔に竹の薄皮、竹紙(ちくし)を貼って、ビィーっという振動音を出す竹の横笛があります。明治期に全国的に流行した中国の明笛、清笛を源流とする竹紙笛です。唐津くんち(佐賀県唐津市)ほか、九州を中心に各地の祭で見られます。また、十個ほどに分割した竹を組み合わせた浮立笛(ふりゅうぶえ)といったものや、梅の木で出来た横笛もございます。数は多くありませんが、貴重な事例です。

6.篠笛の語源

篠笛の語源の話に入ります。

これは、明治時代の篠笛の教本です。篠笛というのは、一般には大正、昭和の初め頃、歌舞伎囃子の五世・福原百之助氏(1884-1962)が名付けたと説明されることが多いのですが、これは実は間違った情報です。僕もずっと、そのように思っていたのですが、よくよく調べてみると、明治二十年代に『篠笛獨稽古』とか『篠笛獨習之友』といった篠笛の教本がたくさん出ています。こちらの教本は結構貴重で、国立国会図書館にも入っていないものです。さらに、同じ頃に日本の近代的国語辞典の先駆けである大槻文彦の『言海』(明治八年起草)にも「篠笛」という項目が上がっています。さらに遡ると、江戸時代の『古今要覧稿』(文政四年(1821)~天保十三年(1842))という百科事典的な本の中にも、篠笛という言葉が出てきます(「今、俗に女竹をもって篠笛を作るのは…」)。篠笛という言葉は江戸時代の後半からあったことがわかります。それがどこまで遡れるかとなるとわかりませんが、篠笛という名称が一般的になる前から、篠笛と呼ばれ得る竹の横笛があったのは事実です。命名が篠笛の始まりではありません。

篠笛という名称がどのようにして生まれたのか。僕が考えるに、五世の福原百之助氏の命名ではないにしても、歌舞伎の囃子方の先人が命名した可能性はあるのではないかと。先ほどお話したように、歌舞伎には元々能管が用いられていました。能管というのは太い笛です。それに対して、三味線と同じ頃に篠笛が後から歌舞伎に入ってきました。三味線音楽の人たちは、能管に対してわざわざ篠笛とは言わないようで、「竹笛」と呼ぶようです。あるいは、「シノ」と呼ぶと記した本もあったと思います。竹笛というのは、全身漆塗りの能管に対して、素竹の笛を指した呼び方と思われます。篠というのは細い竹という意味です。ですから太い能管に対して、細い笛、篠となるわけです。シノから、シノの笛、シノブエという流れは十分にあり得ます。このように、篠笛という名称は歌舞伎の三味線音楽の人たちの中から生まれ出たものではないかと、今のところ僕は考えていますが、まだ保留の案件です。

7.篠笛の分類

次に参ります。ここが一番皆さんにお話しておきたい内容です。

篠笛を定義するのは、なかなか難しいのですが、篠笛とは何か、という雰囲気は段々と共有できてきたのではないかと思います。しかしながら、「日本には多様な篠笛があります」で思考を止めてしまうと話は前に進みません。そこで、僕の経験則から篠笛を大きく3つに分類してみたいと思います。

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(ア)均等孔の篠笛

まず、一つ目、均等孔の篠笛。笛の指孔が均等にあいています。これは地域のお祭などで見られる笛で、地元のおっちゃんとかが作る笛です。指孔をあける時に、チューナーで測ったりしません。昔から歌口に対する指孔の位置がだいたい決まっていて、指孔の間隔は適当、というわけにもいかないので自然、均等になります。これはとても指の納まりが良く音も良く響く。民俗芸能、お祭の中でよく見られる笛です。

(イ)古典調の篠笛

次に、古典調の篠笛。古典調というのは近世邦楽以前の古典という意味で、雅楽の笛である、龍笛、高麗笛、神楽笛の音階を模したものです。雅楽の笛の指孔の配置・音階を真似た痕跡が残っている、おそらく雅楽の笛師が一般の祭用として作ったこともあったのかもしれない、そういった笛が古典調です。江戸の獅子田(ししだ)の囃子用の篠笛にその特徴がよく表れています。

(ウ)邦楽調(唄用)の篠笛

三つ目が、邦楽調の篠笛。唄用の篠笛とも申します。こちらは三味線音楽を吹くのに適している篠笛です。三味線と篠笛を合わせる場合、古典調の笛だとちょっと高さが合いにくい音があります。もちろん、息遣いや指使いを工夫すれば出るのですが、早い指回しに対応しにくい。そこで指孔の大きさや配置を微調整した笛が作られました。この笛は意外と歴史が新しく、大正から昭和にかけて作られた新案篠笛です。唄用の篠笛とも呼ばれますが、ここでは、古典調に対応させて邦楽調の篠笛と呼んでおきます。邦楽調の篠笛については、後でもう少し詳しく説明いたします。

日本各地に色々な篠笛がありますが、以上の三種類に分類すると理解しやすいかと思います。

ドレミの笛

そして、今、残念ながら世の中で最も流通している笛がドレミの笛です。

篠笛を、調律されていないものと、調律笛に分けてみます。均等孔の篠笛、これが調律されていない篠笛です。そして調律笛。ここが大切な点なのですが、皆さん、調律と聞くと、どうしてもドレミの調律と思いがちです。でもこれは大きな落とし穴で、調律というのはドレミに限りません。日本の調律もありますし、アジアでもアフリカでもアメリカでも、その民族であったり国であったり、あるいは時代ごと分野ごとに調律が色々あります。ところが、調律と言われると、西洋の12平均律が連想されがちです。本日は日本の話、篠笛の話ですから、次にお話しする日本十二律の中から音を選びます。調律笛の中で、雅楽の笛の音階に準じるものが古典調、そして三味線の音楽が吹きやすい音階に孔をあけたものが邦楽調となります。

ところが、調律の笛の中で、西洋の十二平均律、ピアノとかリコーダーと同じ調律に合わせたドレミの横笛があるのです。残念ながら。僕は好きではないのですが。ドレミの笛の問題点については、最後にもう一度触れます。

8.日本十二律と三分損益法

それでは、日本の調律というのはどんな調律なのか。これをお話しする前に、皆さんに質問です。1オクターブは幾つの音で構成されていますか?この話をすると、ピアノなどをされている方は12とか7とか、民族音楽に詳しい人だとペンタトニックで5つとかおっしゃっていただくのですが、これ実はイジワル問題です。答えは「無限」。幾つとかではないんです。1オクターブの中の音は無限に連続しています。そして、オクターブの外へも広がっている。例えば篠笛で表現してみると、指をジリジリとずらして指孔をあけていくと連続的に音の高さが変化します。

音は連続なんです。音は無限。これは自然科学です。そして、その無限の音の中からどの音を選択するのか、それは文化です。どの音を選ぶのか。それは時代であったり、国であったり、地域であったり、民族や宗教、あるいは個人によって異なります。また、全てが1オクターブを基準とするわけではないことにも注意が必要です。例えば、小さい子どもが勝手に歌い出したりするじゃないですか。「あーうーあーうー」とか。それって別に1オクターブからどの音を選ぶとかじゃなくって、今喋っている声のちょっと上とか下とかっていう感覚ですね。全てが1オクターブありきではありません。いずれにせよ、音は無限に連続しているということを覚えておいてください。

西洋も東洋も1オクターブを12個に分けるということを基本とした音楽が発達してきました。ただし、その12個の並びというか、音と音との間隔が微妙に違います。それでは、日本の十二律、十二個の音をどうやって探すかと申しますと、以下をご覧ください。

まず初めに、「壱越(いちこつ)」という基準の音があります。図に記した棒状のものは絃か筒の長さと思って見てください。例えば、これをピーと鳴らすとします。これが基準の「壱越」の音です。ここから、三分損益という方法で新しい音を順番に見つけていきます。まず、「壱越」の絃・筒の長さから三分の一を引きます(三分損)。そうすると棒が短くなりますね(三分の二)。長いのと短いのとではどちらの方が音が低いですか?長い方ですね。ですから、短くしたら音が高くなります。これが「黄鐘(おうしき)」の音。で、また三分の一の長さを抜くと音が高くなります。けれども、それを続けていくと無限に短くなるだけです(「壱越」と「黄鐘」の間の音が見つからない)。ですので、初めは三分の一の長さを引きますが、次は、三分の一の長さを足します(三分益)。そうすると棒が長くなります(三分の四)。わかりますか?最初、三分の一の長さを減らす。次に三分の一を足します。これを繰り返していきます。そうすると、12個、さらにはそこから13個、14個とたくさん音が見つかりますが、12回目に一番初めの「壱越」と同じ音、1オクターブ上の「壱越」の近くに戻ってくる。厳密には少しずれているのですが、ほとんど同じなので、これで良しとします。このようにして導き出したのが日本十二律です(計算方法は若干異なるが日本十二律とピタゴラス音階は同じ)。このような方法で作った管を長さの順番に並べたものが律管とよばれる調子笛です。古くは奈良時代に入唐留学生であった吉備真備が『楽書要録』という音楽の理論書とともに銅製の律管を唐から持ち帰って聖武天皇に献上しています。

日本十二律の「壱越」と「黄鐘」に近い音が、西洋12平均律のDとAになります。「壱越」と「黄鐘」を同時に鳴らすと濁りなく音が調和しますが、DとAを同時に鳴らすとちょっと濁る。唸る。この違いは何なのか。次に、日本十二律と西洋12平均律との違いを簡単に説明してみたいと思います。

9.日本十二律と西洋12平均律

この図をご覧ください。日本十二律の方は、9(壱越)を基準として、6とか8とか単純な数字です。ところが、西洋の十二平均律は、同じように9(D)とすると、9✕0.943・・・の何乗とか、無限に続く小数点が出てきます。これは、1オクターブ上の音を9の半分、4.5にするために強制的に音を割り振った結果です。音は波ですから、それぞれの絃・管の長さの比率が単純なほど、音同士がよく調和します。よく見ると、右の日本十二律の方はギザギザ。左の12平均律の方はなだらかな曲線を描いています。日本十二律の二つの音の幅は一律ではなくて、二種類の幅があります。西洋十二平均律の幅は全て同じです。日本十二律はギザギザですが、ある音とある音との相性がめちゃくちゃ良い。一方、西洋の12平均律では、全部の音が、お互いに相性は良くも悪くもないですが、1オクターブは完全に取れています。西洋12平均律の場合は隣り合う音の音程(二音の高さの隔たり)が同じですので階段の高さが揃っている。つまり、どの音からでも同じ音階を作ることができるので、移調が可能です。日本十二律の場合は階段の高さがまちまちなので難しいのですが、そもそも移調の必要性がありませんでした。

こちらの二つの「笛」の文字を見てください。

これなんて読みますか?どちらも「ふえ」ですよね。片方は楷書、片方はゴシック体。字体が違っても読めますよね?日本十二律も西洋12平均律もこのレベルの違いということです。ある曲を西洋の音律で吹いても、日本の音律で吹いても同じように聴こえるけれども、微妙なニュアンスが違います。「日本の楽器をやるならどちらを選びますか?」という話です。西洋12平均律のゴシック体を選ぶ人なんてあんまりいないと思うでしょ?ところが皆さん、僕はたまたま楷書体の人なんですけれども、今の篠笛業界は日本の曲を吹く時も完全にゴシック体、12平均律なんです。残念でなりません。だから「楷書体の笛」を選んで欲しいなという気持ちも込めて、くどくどと歴史のことを細かくお話しているわけなのです。

西洋音楽をやっている人もいると思うのでちょっとお話しておくと、すぐ、Aの音が何ヘルツかという話になるでしょ。篠笛を吹いている人も言うんです。西洋の音楽をやっている人たちにとってこれは重要です。時代によっても違いますが、440Hzとか、最近でしたら442Hzとか高めの音が好まれると聞いたことがありますが、昔はもっと低かったとか、色々あります。けれども、日本音楽にはAもBも関係ありません。

A.J.エリス(1814-1890)は、世界各地の民族音楽の微小な音程を測定するために、対数を用いて12平均律の半音を100とする「cent(セント)」という単位を考案した。12平均律は100(半音)×12=1200セントとなる。上図右は「壱越」を0centとして「順のうつり」で十二律を求めたもの。参考までにDの音を0centとした12平均律のセント値を左に添えた。

日本の十二律は、「壱越(いちこつ)、断金(たんぎん)、平調(ひょうじょう)、勝絶(しょうぜつ)、下無(しもむ)、双調(そうじょう)、鳧鐘(ふしょう)、黄鐘(おうしき)、鸞鏡(らんけい)、盤渉(ばんしき)、神仙(しんせん)、上無(かみむ)、壱越(いちこつ)」と並びます。名前はまあ何でもいいです。そして、上の図は、日本の十二律と西洋12平均律を並べたものです。「黄鐘(おうしき)」が、完全に一致はしませんが、Aと似たような音の高さとなります。

日本の十二律は「壱越」が基準です。ところが、西洋の基準がAだからといって、日本の音もAに近い「黄鐘(おうしき)」が基準で語られることが多いのです。だから僕の持っている雅楽の調律笛もAイコール何ヘルツと書いてあります。そして、Aつまり、調子笛で言うところの「黄鐘」から三分損益で音を算出しているんです。ところがこれは本当は間違いのはずで、本来は「壱越」を基準として三分損益していかなければならないはずです。理論ではなく雅楽演奏の実践においては「黄鐘(おうしき)」が基準となるのでしょうか。このあたりは未確認ですので、もしかすると何らかの意味があるのかもしれません。

ここで一つ注意点です。日本十二律の元となった中国の十二律の基準は「黄鐘(こうしょう)」ですが、日本の「黄鐘(おうしき)」とは漢字は同じですが読み方が異なり、十二律における音の位置も異なるので混同しないように気をつけないといけません。

雅楽の世界でAが基準になっていることは、おそらく邦楽の世界にも影響があるのではないでしょうか。今、雅楽では「黄鐘(おうしき)」=A=430Hzあたりになっていると思います。これを以て日本の音が西洋の音(A=440Hz)とずれていると思われている節がありますが、僕はA=430Hzという決定方法に少し疑問を持っています。明治中期にイギリス人の音楽学者のエリスが日本の律を計測した時には、日本十二律の「黄鐘(おうしき)」すなわち、Aに近い音は437Hzとなっています。これって、ほとんど西洋の標準ピッチA=440Hzと変わりません。ところが、なんで10Hzも低い430 Hzになぜなったのか?第二次世界大戦後の話なのですが、詳しくは拙著『日本の音 篠笛事始め』をご覧いただければと思います。

日本十二律と西洋12平均律は、先ほどゴシック体と楷書体のように似たようなものと説明しましたが、それは相対的な話です。基準音のスタートラインが異なれば、全体のずれが無視できないくらいに大きくなるのは当然です。

ここまで音律の話をしました。要は1オクターブの中に十二個の音を見出す、その中からそれぞれの指孔にどの音を割り当てるかによって、笛の種類が決まってくるわけです。古典調も邦楽調も元ネタは両方とも日本十二律ですが、十二個の音からどの音を選んでどの指孔に対応させるかというところに違いがあるのです。

数字譜と口唱歌(くちしょうが)

ここで曲の覚え方について、少しお話ししておきたいと思います。もちろん五線譜ではございません。基本的には耳コピが一番ですし、祭囃子などでは多くの場合、譜面はございません。現在の篠笛の教本には「二」とか「3」とか数字が記されています。これは明治以来の表記法で、漢数字は低い音「呂音(りょのおと)」、算用数字は1オクターブ高い「甲音(かんのおと)」となります。

また、歌で旋律を覚える方法、「口唱歌」も大切です。例えば「トーチヒャリロー・ヒャリツヒャールヒャリトート」という感じです。こういった口唱歌で笛の旋律を覚えていただくと、自然と曲の雰囲気も身に付きます。日本の楽器の習得の際に昔から使われている手法です。

10.邦楽調(唄用)篠笛の誕生

ここで、邦楽調の篠笛がどうやって出来たのかをお話しておきます。この話は、ほとんど知られていません。その考案者と継承者の功績も含めて後世に残したいという僕の想いもあって、詳しくお話しておきたいと思います。

祭や歌舞伎の世界とは異なる篠笛の独奏、演奏会形式の篠笛の世界を切り開いた方に、人間国宝の四世・寶山左衛門、元の六世・福原百之助先生(1922-2010)がいらっしゃいます。この方のお父様、五世・福原百之助先生(1884-1962)が三味線音楽を演奏するのに適した篠笛を考案し、六世が完成させました。「邦楽調」というのは、「古典調」に対して言葉の次元を揃えるために作った僕の造語でして、当初は「新案篠笛」、後に「改良型の篠笛」「唄用の篠笛」などと呼ばれました。三味線音楽では元々「古典調」の篠笛を用いていたのですが、幾つかの運指の音が三味線の音に合いにくい。そこで、指孔を調整することで、音を合わせることができないかという発想で考案された篠笛です。

それでは、どのような工夫を笛に施したのでしょうか。

この笛はとても貴重なものです。愛知県の犬山にいらっしゃる山田藍山(らんざん)<1935~>(本名:山田隆)さん、僕が尊敬する笛師の方ですが、この方が持っておられる笛です。この笛は、五世・福原百之助先生が考案された新案篠笛の初期バージョンなんです。この笛を六世・福原百之助先生にお見せしたところ、確かに先代のものだということ(門下生に渡したものかもしれない)を確認されたとのことでした。裏に金墨で「竹風」と記されていて、「百」の焼印もあるので、この篠笛は五世縁りの篠笛ということで間違いないでしょう。

一見、普通の笛に見えますが、指孔の大小が少なく、また、その指孔の配置から、これは古典調の笛かと思うわけです。ところが、何ヶ所か、目に見える所、目に見えない所に、具体的には、指孔の位置を移動させたり、指孔の角度を直角にではなく斜めにあけるなどして、古典調の音律を変えています。篠笛の調律を変えること。これは物理的には難しくない作業なのですが、これを実行したのはこの時が初めてだったんです。

この笛は大正から昭和初期くらいに作られた笛になると思うのですが、それでは、一体、五世の福原先生は、どちらの笛師に頼んでこの笛を作ったのか。今調べているところなのですが、少しわかってきたことがあります。ここに焼印がございます。

ちょっと判読が難しいのですが「山田」と読めます。先ほどの山田藍山さんと、偶然、お名前が一緒です。藍山さんは六世から、笛の調律は、京都で笛を頼んでいたはずだという話もお聞きになったそうです。そこで京都に目を向けますと、京都には山田さんという雅楽の楽器を製作されているお家がございます。おそらくそちらに依頼したのではないかと思われます。というのも、ここに籐を巻いていますが、その上から桜の皮が巻いてあります。桜の皮の樺巻きというのは特殊な技術が必要で、普通は雅楽の笛を作る人しか採れない手法です。(山田家のご当主である山田全一氏は現在ご高齢のため、お会いしてお話を聞くことは叶わなかったが、日本舞踊の花柳双喜美氏に笛の写真を託してご確認いただいたところ、指孔や歌口の雰囲気は先代の作であろうという証言を得ることはできた)。調律の技術を持つ、山田の焼印、六世の証言、樺巻きの名残などを総合すると、京都の山田家で製作されたということは間違いないだろうと思います。

山田藍山氏によると、六世・福原百之助先生が亡くなる少し前に、音律を整えた笛(邦楽調、唄用の笛)を作ったのは間違いだったかもしれないという旨の話をされていたみたいです。つまり、奏者が息遣いや運指の工夫をすることが少なくなって、音の深みや味わいを感じる技術や感性が劣化してしまったと感じられたようで、また、ドレミの笛に多い第四孔を小さくした篠笛のことを「窮屈な笛」という表現で残念がられていたともお聞きしました。とは言え、先行する「均等孔」や「古典調」の魅力を損なうことなく、三味線音楽の音階に適応させた素晴らしい篠笛であると、僕は思っています。

11.ドレミの笛の問題点

最後に、ドレミの笛の問題点を、まとめておきたいと思います。三点ございます。

まず、指孔の配置の問題です。先ほどからお話しておりますように、孔の位置を変えれば音が変わります。ドレミの笛を作っている笛師の人たちは、吹き手のことよりも楽器の音律のことを優先し、楽器のみで12平均律に合わせようとする傾向があるので、指孔の位置がだんだんと離れていきます。具体的には、右手の人差指と中指の間が極端に狭くて、中指と薬指と小指の間が極端に広い笛が出来上がってしまうのです。これは、僕でも押さえられない指孔の配置です。このように、ドレミの笛は指孔が押さえにくいということがまず問題です。

そして、八本調子の篠笛をC管などと表記する事例。これは適切な表現ではございません。日本十二律と西洋12平均律を混同できないのは当然ですし、日本の篠笛は習慣的に最も音が出やすい「六」の運指(●○○○○○●)を基準に調子名を決めますが、洋名管は音が出にくく篠笛が不得意とする「一」の運指(●●●●●●○)を基準に洋名を決めています。ですから、西洋12平均律で調律した笛を、何本調子といった日本の基準に当てはめるのは非常にまずいのです。

最後に、名称の問題です。今どこの楽器店でも、篠笛奏者や篠笛愛好家の間でも、「唄用」=「ドレミの笛」になっています。インターネットで調べてもらえればわかりますが、「唄用/篠笛」と検索していただくと、全部ドレミの笛が出てきます。先ほどから邦楽調と言っている笛は、元々は「唄用の篠笛」と呼ばれていましたし、今でもそう呼ばれたりもします。僕が笛を吹き始めた二十年前(2000年頃)には、「唄用の篠笛」という呼び方には疑いはありませんでした。ところが、今は「ドレミの笛が唄用」というように皆さん間違えてしまっているんです。そうなると、僕は、普段「古典調と唄用の篠笛を吹いています」と言っているのですが、「ドレミの笛を吹いています」と公言していたことになります。最近気付きましたが、久しくあり得ない誤解を受けていた可能性があるのです。

「西洋音楽あるいは西洋音楽の理論に基づいた現代曲を演奏するために作られた西洋12平均律の竹の横笛」を篠笛の範疇に含めることができるのかどうか、議論が必要でしょう。

今日は、篠笛について、たくさんお話をさせていただきました。日本音楽の話、西洋音楽の話もいたしました。篠笛は我々の先人たちが育んできた大切な文化遺産です。子供たちには、リコーダーではなく、篠笛で、色々な日本の曲を吹いて、日本文化に親しんで欲しいと思っております。

  • 森田玲(もりた あきら)
    森田玲(もりた あきら)
    玲月流初代・篠笛奏者。昭和51年(1976)、大阪生まれ、京都市在住。京都を拠点に篠笛の演奏・指導・製作販売・調査研究を行う。(株)「篠笛文化研究社」代表。透明で艶のある篠笛の音に定評があり、篠笛の出自である祭文化にも造詣が深い。京都大学農学部森林科学科卒業。文化庁芸術祭新人賞受賞。京都市芸術文化特別奨励者。主著に『日本の音 篠笛事始め』(篠笛文化研究社、2017年)、『日本の祭と神賑』(創元社、2015年)。CD「天地乃笛」(篠笛文化研究社、2018)
  •  森田香織(もりた かおり)
    森田香織(もりた かおり)
    笛師・玲月流篠笛奏者。森田玲とともに篠笛の演奏・指導を行う。日本十二律調音篠笛「京師-みやこ-」を製作。

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